2020年12月23日

社長の人生と家づくりに対する想い

昭和48年(1973年)12月3日午後8時20分
岩見沢市の病院にて産声をあげる。
樺戸郡月形町で農家を営む岡家の次男としてストーリーが始まります。

人生最初の試練! 生まれて1か月を過ぎたくらいに高熱を発症して1週間病院に通う事になる。
病院の先生からは熱が下がらなかったら助からないかも知れないと言われたそうです。
あと1日か2日で下らなかったら危険だというギリギリの時に熱が下がり何とか助かりました。
先生は、この子は助からないかも知れないと思っていたと後に話していたそうです。


どこでも生きていける その後は大きな病気も無く健やかに成長していきました。
実家は農家としてお米とメロン、スイカなどを作っていたので両親はもちろん祖父祖母も含めて家族総出で忙しい日々です。
夏の繁忙期には札幌の親戚の家に預かってもらって居たのを記憶しています。
小さい頃から夏には何週間も親戚の家にお世話になっていたので私を実家に送り届けてくれた親戚の叔父さん達が札幌に帰る時には私も一緒に親戚の車に乗って札幌に帰ろうとしたそうです(当時4歳)
さすがに両親に止められたそうです(笑)
親戚の子とはいえ何週間も預かってくれるなんて感謝しかないですよね。
人の温かさとか優しさを感じて育ったのが自分の財産だと思います。


小学校中学校が同じ校舎 地元の小学校は中学校も一緒の小中併置校でした。
一学年15人前後の小さな学校でしたが楽しかったですね。
同じ校舎に小学1年生から中学3年生までが一緒に登校して学校生活を送ります。
大きなお兄さんやお姉さん達に遊んでもらった記憶もあります。
ただ小学校を卒業しても隣の教室に移動するだけなので小学校卒業には特別感が無かった様な気がしていました(笑)


人生を左右する漢字との出会い 中学卒業後は地元の月形高校へ進学し野球部に入部して本格的に野球に取り組む日々でした。
小学校、中学校でも野球をやっていたのですが、特別熱心な指導者もいなかったので仲間同士で馴れ合いの練習程度しかしておらず「へたくそ」でしたね。
高校では厳しい指導と練習を経験出来たのが大きな財産になったと思います。
真剣に練習に取り組んだら成長出来る事を実感できたので練習は辛かったですが充実した日々でしたね。
そんな中、高校1年生の時に自分の進路について色々と考え始めました。
実家は兄が農家を継ぐと言ったので自分は出て行く事になりました。
本当は農作業が好きだったので農家を継ごうと思っていたのですが・・・
私は別の道を探す事になり高校の進路指導室で専門学校の案内を見ていると建築の専門学校案内で「創造する」と言う文字に魅了されました。
創るってクリエイティブでカッコイイな!
自分の手がけた仕事が何年も形として残るし「なんて良い仕事だ!」と思い建築の道に進む事を決めました。
私を建築へ導いてくれた大切な『創』の文字を会社名に取り入れております。


人生を左右するイベント 高校3年生になり部活も終わりアルバイトがしたいと考え、地元のレストランでウェイターとして雇ってもらい人生初のアルバイトです。
アルバイト先の経営者であるTさんが主催する手作りの野外イベントがありまして、その名も「月形名物お祭りライブ MELON JAM in TSUKIGATA」
内容はアマチュアバンドが出演する野外ライブです。
今でこそ全国各地で夏フェス野外フェスと沢山ありますが、その当時はまだあまり無かったですね。
自分たちで企画運営をしてステージも手作りしていたのに驚き、みんなで一つのイベントをつくり上げる楽しさも経験しました。
就職してからもイベントを続けて、仕事で現場監督をしていたのもあってステージの設営担当になりまして、イベント仲間からも「監督!」と呼ばれたりしましたね。
スタッフが集まるのは仕事が終わってから夜な夜な集合です。
若い頃は事務所に行ってイベントの準備をする事が楽しかったですね。
気が付くと2代目実行委員長となっていました。
イベントが20回目を迎える年にイベントを終了する決断を私がしました。
寂しい思いもありましたが決めた事です。
18歳から関わって20代と30代半ばまでの、まさに青春をかけて来たイベントです。
最後のイベントが終わった瞬間、涙があふれて止まりませんでしたね。
人生で大切な時間と思い出です。
自分が地元月形に残る一番の理由だったと思います。


建築士を目指して 高校卒業後、建築の専門学校に進学し建築を学びました。
建築を学んで分かった事が、自分にクリエイティブなセンスが足りない事・・・
設計は無理だなと感じて就職は現場監督を希望して隣町の建設会社に就職しました。
入社3年目に後輩が入る事を知った自分が考えた事は「後輩に先に建築士の資格を取得されては困る!!」でした。
まずは2級建築士の受験勉強をスタート。
学科試験は独学で勉強して何とかクリア!
次は実技の製図試験ですが忙しくてまったく練習できずに焦っていると建築士受験の支援をしている講座があり、試験2週間前の短期コースに申し込み何とか合格できました。
案の定、後輩は簡単に合格していたので資格取得で追い越されずに安堵した事を思い出しますね。

2級建築士の次は1級建築士試験です。
実務経験4年必要なので社会人5年目に初受験となります。
1級建築士となるとレベルが違うので学科試験から講座を受講して学科試験は1回目でクリアしたのですが製図試験で惨敗・・・
製図試験は次年度まで受験できるので2年目に懸けるのですが、講座受講中に一式図面を描き上げる事が出来ないまま本番になってしまいました。
内心もう終わったかも・・・ と落ち込んでいたのですが、そこから製図のスピードに特化した練習を夜中までやりましたね「出来る事をやろう!」と。
いよいよ試験当日ですが、思いのほかプランの作成が上手くいったので後は図面の作成です。
講座では一度も時間内に完成させる事が出来なかった一式図面ですが、何と本番で初めて完成させる事が出来て見事「一級建築士試験 合格!」
本当に奇跡的だなと自分でも驚いた事と、諦めずに取り組んだ結果なのだと実感しました。
正直なところ運も良かったと思いますが、努力したからこそ運を引き寄せる事が出来たのだと思います。

人生の選択 勤めていた建設会社には14年間在籍していたのですが、色々と考えて退職する決断をしました。
14年間現場監督として育てて頂けた事に本当に感謝しております。
次の仕事が決まっている訳では無かったのですが、建材屋さんの紹介で翌月から札幌の住宅系の会社に再就職をしました。
こちらには6か月ほどお世話になったのですが10月に退職しまして、またまた次はどうするか決めていなかったので時間もあるし、今まで忙しくて旅行にも行った事が無かったので、退職を機に本州にいる友達に会うための旅行を計画!
約3週間かけて岩手、群馬、川崎、横浜、東京、愛知、香川、島根、大阪、広島、福岡と廻り、色々な人にお世話になりながら貴重な経験が出来た事は良い思い出です。


無職から起業 旅も終わり地元で少しの間引きこもり気味な生活を送っていると、知り合いの建材屋さんから札幌の建設会社を紹介されたのですが、どうしても札幌に移住する気持ちになれず、もう少し地元月形で頑張りたいという思いが膨らみました。
そこで自分で仕事を始めようと決意して、平成21年6月17日に株式会社HOPE・創Lifeを設立。
起業は考えていなかったので準備はまったく出来ておらず、色々な方から支援をいただき第一歩をスタートすることが出来ました。

赤字スタート 無計画に起業したので仕事もありません。
第1期目の売上高は114万円でした、237万円の赤字です・・・
なんて無謀なのでしょう!
今から考えると自分でも恐ろしくなりますね。
それでも地元の知り合いからお仕事を少しずつ頂けて本当に有難かったですね。
そして付き合いのある業者さんからも仕事を紹介してもらえたりと助かりました。
何の実績もない自分の仕事を快く引き受けてくれた職人さん達にも感謝ですね。
協力業者さんや職人さん達はまさに仲間です!
苦しい時を皆でワンチームとなって頑張って来たと思います。

結婚と子育て 平成28年4月に入籍しました。
当時42歳で初めての結婚です。
結婚式は11月に予定しておりましたが、妻が妊娠したので心配したのですが安定期に入る時期でもあったので、予定通りにとり行われました。
披露宴に出席して下さった皆様にお祝いの言葉を頂きまして、新郎挨拶ではお礼を言う時に感無量で泣いてしまいました。
ちなみに新婦は泣いていなかったのに新郎が泣くという・・・
一生に一度の思い出が出来ました(笑)
翌年2月に待望の長男が誕生です。
43歳で初めて父になる事が出来て、元気な子供を産んでくれた妻には本当に感謝です。
この子のため、家族のために頑張ろうという気持ちになりましたね。


家づくりへの疑問 住宅業界にいると新しい建材が良い!とか新しい工法が良い!とか、新しい事に取り組む事が良い事だと思っていました。
3年前に自宅を新築する時には当時の良いと思った事を採用したのですが、住んでみて初めて分かった事が沢山ありましたね。
家づくりについては考え直す事ばかりです。
第一に思った事が基礎断熱工法です。
基礎断熱工法とは基礎の立上り部分に発砲系の断熱材を打ち込んで、床下空間を換気して室内扱いとする事です。
暖房用のパネルヒーターを床下に設置して、床に通気用のガラリを設けて床下から空気を循環させたりするのですが、ガラリから埃やゴミが落ちます。
細かいゴミは誰が掃除しに行くのでしょうか?
お客様に掃除しに行って下さいとは言えないですよね。
掃除されない埃とかが溜まった床下空間から、室内に空気が送り込まれているのです。
見えないから気にならない?
そこが一番危険な事に気づいたのです。
何より自分で床下に何度か入った時にこう思いました。
この床下の空気を吸っているのか・・・
根拠は無いですが感覚的に嫌な気分になりましたね・・・

家づくりの失敗と新たな決意 自宅での失敗、後悔があります。
それは化学物質についての知識が無かった事です。
自宅を建てている時は化学物質について、まったく気にしていなかったです。
国の基準を守っていれば大丈夫だと思っていました。
しかしこれは大きな間違いだと気が付いたのです。
自宅の隣に事務所を建てたのですが、事務所に使った建材から出る化学物質が強烈だった様で、その影響もあってか電磁波過敏症を発症してしまいました。
私たちのまわりには見えない電磁波がたくさん発生しています。
私の場合は頭部や顔の皮膚がピリピリする症状でした。
携帯電話やスマートホンで通話していると耳のあたりが痛くなります。
一度発症したら治らないので対策を取るしかありません。
その後は自宅のビニールクロスの臭いが気になり始めて、2階の南側の部屋に5分~10分も居ると具合が悪くなる様になりました。
全てが悪循環です、何か対策を取ると次に何かが気になり始めます。
廻りの人には理解されないので一人で戦うしかありません。
なぜこんな状況になってしまったのか?
全ては化学物質に対する知識の無さが招いた事です。
今は化学物質の知識と対策について勉強しており、化学物質の使われていない接着剤や、臭いの少ない建材を使う様に変えました。
建材の中には化学物質を分解する効果がある等と謳っている商品もあります。
しかし、よく調べるとその商品自体に化学物質が多く使われていたり、売る事しか考えていない矛盾した商品が多いのです。
これが今の現実なのです。
家で一番面積が多いのは壁です、そして天井と床です。
面積の多い壁と天井と床の素材選びと、化学物質を使っていない接着剤を選ぶ事が一番重要なのです。
今後の私の家づくりのテーマは「家族を守る家づくり」です。
家族の健康と笑顔を守る家を造っていきます。
そして自然素材をふんだんに使った家づくりにたどり着きました。
自然素材を謳うのであれば素材は本物でなくてはいけません。
木を使うのであれば表面だけの商品では無く「無垢である事」
塗壁であれば接着剤に「樹脂や化学物質が使われていない事」
弊社は本物にこだわった家づくりのために日々勉強してまいります。
また、責任を持って家づくりをする事も大切ですが、HOPE・創Lifeが紡ぐお客様のストーリーを見守る事も大切です。
「家族を守る家」をつくる事が仕事のテーマであり、私のライフワークとなりました。
今後もお客様により良い商品や住まいを提供出来る様に努力します。
家づくりは是非弊社に「おまかせください!」
安心安全な「家族を守る家づくり」をお約束いたします。

岡 浩之

化学物質過敏症、シックハウス症候群対策

安心安全な住宅を建てるのに重要なポイントがあります。
それは出来る限り化学物質を使わないという事です。
私たちの周りには化学物質を使った製品があふれています。
住宅で言えば接着剤が沢山の化学物質を発生させているので接着剤に気をつけなくてはいけません。
同じような接着剤でもメーカーによってまったく違います。
新築やリフォームを住宅会社に依頼される事があれば「シックハウス対策はどの様になっていますか?」と聞いてみたください。
もし担当者が「F☆☆☆☆(フォースター)の製品を使っているので大丈夫ですよ!」と言ったら、まったく理解していないと言う事です。
残念な事に大半の業者さんがこれくらいの認識しか持ち合わせていないのが現状です。
実は私も同じくらいの認識でした・・・
なぜ詳しく調べ始めたのかと言うと、私も化学物質過敏症の症状が出たからです。
室温が25度を超える日に自宅の2階南側の部屋に10分もいると具合が悪くなります。
これは化学物質の特性で、気温が25度を超えると急激に化学物質を大量に放出しだすからです。
今のところ私だけが苦しんでおり家族は大丈夫です。
しかし長く住む事を考えると対策を取らざるおえない状況となり、壁と天井を紙のクロスに張り替えました。
残っている接着剤の臭いを抑えるための工夫もしています。
当社では安全に配慮した天然成分の糊を使用する事にしました。
ビニールクロスも出来れば使わない方向にしたいと考えております。
見える所は出来るだけ天然の自然素材で仕上げる様にします。
化学物質過敏症や、シックハウスでお困りの方は一人で悩まないで下さい。
誰にも理解されない気持ちはよく分かります。
是非お問合せ下さい。

電磁波過敏症について

電磁波過敏症についてご存知の方は少ないと思います。
しかし現代社会で電磁波にさらされない環境は無くなっています。
住宅の壁や天井の内部には電気の配線が沢山あり、コンセントには家電製品や充電器が常に差してある状態が日常です。
少量でも電磁波に被曝し続けると電磁波過敏症を発症する事があります。
実は化学物質過敏症電磁波過敏症は兄弟の様な関係でして、化学物質過敏症になってから電磁波過敏症にもなる事が多い様です。
電磁波過敏症になると、頭痛、目まい、体がだるい、皮膚がピリピリする等色々な症状が起きます。
一度発症すると完治はしない様です。
そのまま対策をしないで放置すると症状が進行して行くので気をつけなくてはいけません。
特にキッチンで使うIHヒーターや電子レンジは気をつけましょう。
特に小さなお子様に影響があると言われています。
IHヒーターの高さは約85センチです、ちょうど小さな子供の頭の高さです。
子供は頭蓋骨の骨が薄いので影響を受けやすいと言われています。
妊娠中の奥様もちょうどお腹の高さがIHヒーターに近い状態になります。
IHヒーターはお勧めしておりませんが危険である事は説明して、それでもIHが良いとおっしゃるお客様もいらっしゃいます。
なぜ電磁波に気を使うのかと言うと私(岡)が電磁波過敏症になってしまったからです。
私の場合は頭や顔のあたりがピリピリ、ムズムズします。
携帯電話やスマートホンを持っていると手がピリピリします。
電磁波を気にしてストレスもたまってきますので、精神的にも良くないと思いますが対策はしなくてはなりません。
化学物質過敏症も電磁波過敏症も世間では理解されない病気ですので、誰にも言えないで悩んでいる方が沢山いらっしゃいます。
少しでもお役にたてる事があると思いますので是非お問合せ下さい。

家と家族を守る制震システム


私たちが住んでいる日本は地震大国です。

記憶にも新しい北海道胆振東部地震では震度7の大きな揺れに見舞われました。

いつどこで大きな地震が発生するか分からない時代となり

住宅には耐震性能と共に制震性能の重要性が認識されています。

弊社では制震オイルダンパーを採用しております。

数あるオイルダンパー製品の中でも高性能でありながら

価格的にもお値打ちなWindamperを採用しております。

安心と安全を手に入れましょう。




  • Windamperの特徴

    ①地震の衝撃力を約50%低減
    ②木造軸組、2×4、伝統工法に対応
    ③最上級の減衰力
    ④抜群の施工性
    ⑤安心の品質(純国産)
    ⑦長期60年の耐久性(20年保証)








地震エネルギー50%吸収
繰り返しの揺れにも安心



従来の制振装置との違い

制振装置は、構造用合板や筋交いが痛み始めるまでのわずかな変形角で、どれだけ減衰力を発揮するかで性能の良し悪しが決まります。
倒壊寸前になってから力を発揮する従来型(ゴム系)ダンパーでは、構造部材の損傷は回避できません。

Windamperは約0.1°という微細な変形から性能を発揮。地震発生時のわずかな揺れから
大きな揺れまで建物にかかる加速度(衝撃力及び最大速度)を下げることで、建物の変形を抑えます。








Windamperの動画

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